研究室概要

目次

当研究室の取り組みについて

 高分子化合物は、原子や原子団の結合様式の組み合わせの多様性から、ほぼ無数の化学構造が存在する可能性を持っていて、 さらにさまざまな立体的な構造が形成され、分子鎖の個性に基づく固有の機能を発現します。分子鎖の個性は、分子鎖一本の固有の性質と、 分子が集合し相互作用した結果現れる性質に分けることができ、種々の興味深い物理現象は分子鎖一本の性質と分子間相互作用の観点から説明されます。

「高分子は賢い、スマートだ!」

 高分子鎖の気持ちになって、「なぜ、どのように分子構造を決めているのか?、特徴のある性質を現すのか?」を理解しようとしています。

 さらに、高分子鎖の新しい立体構造や特性を生み出すように、高分子鎖に問いかけています。研究室で用いる手法は、NMR、IR、円二色性測定、 X線・中性子線散乱法、コンピュータによる分子シミュレーションです。研究対象は高分子鎖の溶液、液晶、及び溶融状態における構造と物性について分子論的に解釈しようと努力しています。

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ポリペプチドの構造転移の機構解明

  • ポリペプチドの二次構造転移現象と側鎖コンホメーション解析

 ポリペプチドは、溶液中においてα-ヘリックス、ランダムコイル、βシート構造などの異なる二次構造を取り、 温度、溶媒及び圧力などによって変化します。ポリペプチドの構造転移の特徴は、協同現象であり、分子内及び分子間の相互作用、すなわち水素結合生成が重要な因子として考えられています。

 ポリペプチドの中でもポリアスパラギン酸エステルの主鎖α-ヘリックスは、温度の昇降による右巻き⇔左巻きのらせん反転現象や変性溶媒を含む混合溶媒系において、 主鎖らせんセンスが左巻き⇔右巻き⇔左巻きと二度反転するリエントラント現象を見出しました。主として液晶配向下で2H-NMR/回転異性状態(RIS)解析法により右巻きと左巻き状態のそれぞれについて側鎖コンホメーションを決定し、 転移について分子論的に検討しました。測定・解析結果から、主鎖らせんセンスの反転は側鎖根元のコンホメーション変化に誘起された協同的分子内転移であることを明らかにしました。

Figure ポリ(β‐フェネチル L‐アスパルテート)のリエントラントな構造転移
  • 主鎖らせん反転現象の機構解明

 らせんセンスの反転を起こす残基(アスパルテート)と起こさない残基(グルタメート)からなるブロック共重合体数種を精密に合成し、NMR及び円二色性測定によって、 主鎖らせんセンスの反転を伴う分子内擬似一次転移が、α-ヘリックスの一端からはじまり、水素結合の手の組替えがジッパー機構によって進行することを見出しました。

  • 分子内水素結合の形成・組み替えの制御と分子設計

 オリゴペプチド化合物を精密合成し、NMRなどの分光学的測定手法と分子動力学シミュレーションを併用して、分子内水素結合と相転移挙動の相関について検討しています。 また、水素結合距離情報を定量的に求める解析手法に着手して、分子内水素結合の形成・組み替えに関するダイナミクスの研究を行っています。また、二次構造転移とし代表的なヘリックス-コイル転移については、 12残基のグルタミン酸と12残基のアラニンから成るオリゴペプチド化合物を用いて、1次元および2次元NMR測定とCD測定を行い、分子レベルでの定量的な転移機構の解明を農業生物資源研究所と共同で行っています。 さらに、農業生物資源研究所とは、重金属解毒作用を有するペプチド分子の立体構造解析をおこなっています。

Figure  E12-A12のpH変化による二次構造転移

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ナノバイオ機能応答材料の創製

 ポリペプチドの形成する二次構造によって電気・光学特性や力学特性が大きく異なります。 そこで、これまでの研究で明らかになったポリアスパルテートの二次構造やその構造転移挙動を活かして、 機能応答を示す材料の開発を行っています。

  • 刺激応答ゲル材料の開発

 分子ネットワーク中にポリアスパルテート分子を組み込んだゲル材料の開発1つの研究テーマです。 ゲルネットワークに組み込んだポリアスパルテートはバルク固体状態と同様に二次構造転移を示すことを明らかにしています。 さらにhelix-coil転移やらせん反転という二次構造転移に伴って、膨潤状態、固体乾燥状態どちらにおいても 試料形状が大きく変化することを見出しています。

Figure. 二次構造転移に伴うポリアスパルテートハイブリッドゲルのマクロ形状変化
  • グラフト化ペプチド薄膜による新規ナノデバイスに向けた研究

 らせん構造を形成するポリペプチドは、らせん軸方向に沿った双極子モーメントを有するので、 これを基板上で高度に配向させることで、圧電性や非線形光学効果等の特徴的な物性が増幅されると考えられます。 さらに、らせん反転挙動を示すポリアスパルテートを用いることで、二次構造転移によって双極子モーメントが変化するため、 電気的なスイッチ特性を付与した新規ナノバイオデバイスの構築が期待されます。 そこで、この性質を利用した新規ナノデバイスの構築を実現するために、 真空蒸着重合法によって基板上にグラフト化したペプチド薄膜を用いて、その配向構造と電気特性に関する研究に取り組んでいます。

Figure. 基板上に垂直に配向したらせん分子(左)とらせん分子を配向させることによる電気特性増幅の概念図(右)

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アモルファス高分子の構造特性と分子ダイナミクス

  • アモルファス高分子の局所構造解析

 高分子材料の開発には、アモルファス状態の構造特性に関する知見は重要です。アタクチック・ポリスチレンのアモルファス状態について、 分子動力学シミュレーションと部分重水素化試料のスピン偏極広角中性子散乱測定を行い、局所構造を決定しました。分子動力学シミュレーションについては、 全原子モデルによるプログラムを開発し、アモルファス状態の構築方法を確立しました。

  • アモルファス高分子の分子構造と分子ダイナミクス

 ガラス形成物質に普遍的に観測される緩和現象としてピコ秒オーダーの「速い過程」が存在し、分子固有の起源については不明な点が未だに数多く存在しています。 ポリブタジエン、ポリイソブチレン、ポリメタクリル酸メチルおよびポリスチレンのガラス状態について、分子動力学シミュレーションを行い、「速い過程」の起源となる分子運動様式を可視化して明確にしました。 部分重水素化試料の準弾性中性子散乱測定を行って、シミュレーション結果を実験的に検証しました。

Figure. ガラス転移温度より30K低い温度における、ポリブタジエンの分子運動の様子
  • アモルファス高分子の協同的分子運動

 高温からガラス転移温度にかけてのアモルファス高分子の分子運動性について分子動力学シミュレーションを適用して、中間散乱関数の解析から緩和時間の空間相関性を評価した。 「deGennes narrowing」と呼ばれる特徴的な現象を協同的な分子運動に起因していることを明らかにして、ダイナミクスの描像を示しました。また、分子集合体構造の動的不均一性についても可視化して明らかにしています。 分子動力学シミュレーションという計算科学的手法とX線や中性子線散乱測定などの実験的手法を組み合わせて、ポリマー材料特性の高性能化・機能化の分子レベル開発に寄与する研究を行っています。

Figure. アモルファス高分子中に存在する空隙
Figure. 散乱ベクトルから得られた緩和速度と静的構造因子

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異方性場における高分子鎖の構造と物性に関する研究

  • 主鎖型高分子液晶の相転移挙動とコンホメーション特性

 液晶性を発現するメソゲンと柔軟なスペーサーの繰り返しから構成される主鎖型高分子液晶の相転移挙動には、特異的な熱力学量の偶奇性が観測されます。 液晶状態における重水素NMR測定と回転異性状態近似解析を組み合わせ、スペーサーに特有のネマチック・コンホメーションの定量的把握が可能であることを確認し、研究方法を確立して、 偶奇効果の原因に関して明らかにしました。明らかにしたネマチック・コンホメーションを用いて、双極子モーメント、磁化率の異方性、光学異方性の実験値などを評価しています。

Figure. 液晶分子の相転移とコンホメーション変化
  • 液晶性高分子の異方相形成の分子論的考察

 液晶の異方相-等方相転移における熱力学量変化を分子配向や分子コンホメーションなどの分子レベルの情報と関連付けて、実験的に一軸異方性場において鎖状分子の果たす熱力学的役割を定量的に明らかにしています。 PVT測定により体積一定下における転移エントロピー変化を精密に求め、相転移における相互作用の寄与を定量的に明らかにしました。液晶高分子の熱力学理論の構築に向けて、 さまざまな分子設計した液晶分子の実験と計算機シミュレーションを行っています。

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